川越「九条の会」ニュース139号ができました。


川越「九条の会」ニュース139号 2019.2.7

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

インフルエンザが猛威を振るっているようですが、この雨で少しでも落ち着いてくるといいですね。川越「九条の会」ニュース139号ができましたので、お送りします。 

さて、最近、気になっているのは「平成最後の○○」という言い方である。確かに「平成」は、ここで終わるのだが、この元号制度について、私たちはどれだけ知っているのだろうか。

かつて、歴史を学んでいた時に不思議に思ったことがあった。それは、歴史的な事柄の元号表記がほとんど1桁あるいは10年代であることだ。例えば、710年;平城京遷都(和銅3年)、794年;平安京遷都(延暦13年)、869年;貞観地震(貞観11年)、939年;平将門の乱(天慶2年)などである。元号で20年、30年というものは、ほとんど見られない。

そこで、その訳を調べてみると、日本の元号の特徴が分かってきた。元々、元号というのは、支配者が国の政治経済だけでなく、時間までも自分の支配下に置こうとしてできたものである。古くは中国の皇帝が使っていたものを日本にも取り入れたようだ。

しかし、「大化」から始まったとされる日本の元号だが、その決め方には、いくつかの特徴がある。まず、天皇の即位、退位とは関係なく変わっていることが多いことだ。在位期間に、3つも4つも元号が変わっていたり、即位しても変わらなかったりした例もある。その理由は、元号をどんな時に変えてきたのかをみればよく分かる。

つまり、大地震や火山の噴火などの天変地異、大飢饉、疫病の大流行などが起きたときに、新しい年に希望を求めて、改元したのである。これが、本来の伝統的な日本の元号の決め方であったようだ。しかし、明治期の絶対主義的天皇制の下で、一世一元の詔の発布により、天皇の在位とリンクするように変質させられたのである。

もし、この伝統に基づけば、平成の時代には、何度も改元の機会があったわけだ。例えば、平成7年(1995年)の阪神淡路大震災、平成23年(2011年)の東日本大震災と福島第一原発の事故である。他にも、平成4年(1991年)雲仙普賢岳の大噴火、平成28年(2016年)の熊本地震などもある。平成の31年間はさらに分割されていたことだろう。

そもそも、日本のように現在も「元号制度」を採用している国は、ほかにない。

また、元号の使用は、強制ではない。1979(昭和54)の元号法の成立に当たり、「この法律は、(1)元号は、内閣が政令の形で定めること、(2)それは、皇位の継承のあった場合だけ改元すること、の二点であり、元号の使用の問題については、何も規定していない。したがって、一般国民は、今後も、元号、西暦を自由に使い分けていただいて結構である。」(三原総理府総務長官談話より)から、明確である。役所などで元号を強制する法的根拠はないのである。

これを機に、元号について、考えてみたらどうだろうか。  (K.A



 

139表.jpg

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